恋にめざめる頃
**君子は、母悦子のもとに明るく美しく成長したが、まだ父俊作を見たことがなかった。君子は、会社の男子社員の関心の的、**、松木、河島らは、彼女の心を射とめようと必死だった。しかし、君子には父親を慕う気持が強く、彼らに友だち以上のものを感じなかった。父の俊作は、福島の片田舎で温泉芸者と一緒になり今では子供もいるという。そして時々送金してよこす俊作を思い出して悦子は“いく年をわれに冷たき人ながら春来と聞けば恋しかりける”などと、詠んだりした。君子は、恋歌を作って自分を誤魔化している母が、じれったかった。叔母のとみは、死にもの狂いで連れ戻せばいいんだ、とも言った。君子は、一人雪国の父を尋ねた。俊作は、小さな美容院を経営する妻の雪子と二人の子供に囲まれて幸福そうだった。そこには明らかに家庭があり、君子は団らんから外された孤独な局外者にすぎなかった。雪山ではじ...